東京地方裁判所 昭和42年(ヨ)10483号 決定 1967年10月13日
債権者 創価学会 外一名
債務者 株式会社しなの出版 外一名
主文
債権者らの各申請を却下する。
申請費用は債権者らの負担とする。
理由
債権者等訴訟代理人の申請の趣旨は、「債務者等の所持する『これが創価学会だ-元学会幹部四三人の告白』と題名を付した図書、ならびに、債務者信濃印刷株式会社の所有する右図書の組版活字、紙型および鉛版の占有を解いて、東京地方裁判所執行官にその保管を命ずる。執行官はその占有を公示するため適当な処置を執らなければならない。債務者株式会社しなの出版は、右図書を発売、頒布、または展示してはならない。」というのであり、その申請の理由は、本件仮処分命令申請書記載の申請の理由、債権者訴訟代理人提出上申書(その一)乃至(その四)に記載してあるところであるから、これを茲に引用する。
その要旨は、本件図書の内容として、虚偽の事実を摘示し、しかもその序文において、「本書に描かれたことは、決してフィクシヨンではない。そのすべては事実、または事実に基づいたドキユメントストーリーである。」と述べ、更に、“元学会幹部の手記”という副題を附することによつて、あたかも右事実がすべて真実であり、しかもそれが多数の創価学会員の一部の者に留ることでなく、会員一般の言動であり、創価学会及び公明党幹部更には債権者ら自身が非人道的、犯罪的行為を行つているかの如き印象を与えて、債権者らの名誉を著しく毀損するものである。債務者等が本件図書を作成し不特定多数者の閲読に供する行為は、債権者等の名誉を傷け、その人格権を侵害することになるので、債権者等は侵害予防請求権に基づき、侵害の不作為及び侵害のために供せられる本件図書其他の物件の廃棄を求める本案訴訟を提起する予定であるが、この侵害予防請求権を被保全権利として、本件仮処分申請に及んだというにある。
よつて考えるに、本件仮処分命令申請書第一の(一)乃至(七)に挙示の本件図書中の各記事については、(1) 人間の本質に根ざす弱点から生み出される金銭上の背徳や男女間の不倫な関係等人間の集団社会には不可避な一般的現象というべきものを殊さらに取上げ、債権者創価学会に固有なものとして、誤まれる教義や基本的指導方針に起因していると非難する記述(前掲第一の(三)、(五)の記事)(2) 或は一、二の犯罪行為を取上げて債権者らの構成員に固有な全般的犯罪傾向であるかの如き誤れる印象を与えようとする記述(前掲同(四)、(六)の記事)がある。債務者提出に係る、以上の記述が真実であることを立証するための資料疎乙第一号証の一乃至第九号証の一六を検討すると、右の各記事を裏付けるものとしては単に一、二の事例を挙げたに止るもの、若しくは資料の作成、集収にあたり一定の傾向が窺われ、特定の意図例えば中傷の目的の存在が強ちに否定できないもの、単に伝聞に係るもの等が多くを占め、債権者提出の疎甲第一二乃至同第一七号証に依り疎明される脅迫的紙型売込みの事実を併せ考えると、思想、言論表現の自由の享受を許される誠実な、正当な、客観的批判を目的としかつ同書「はしがき」に宣言しているような高邁な批判的意図に即応する出版物とは解し難い。以上のような内容の記事及び債権者の上申書(その一)掲記の記事内容を総合すると、債務者ら提出の全資料を以てしても、本件図書の内容が債権者らの名誉信用を傷け、その人格権を侵害する恐がないとは解せられない。
また前記(七)の記述については、事実の如何によつては、債権者らの重大な法律上の責任問題をも惹起しかねない複雑な内容のものであるが、それは同時に公明党が公党としての大きな政治責任に関する問題でもあつて、頒布差止仮処分という民事訴訟法による私法上の解決に止めて批判を封ずるよりも、政治問題として公開の場での事実開明と批判論争によりその政治責任を先ず明確にすることが、公党の在り方として望ましいと考える。
債権者等は、その主張並びに疎甲第五、同第六及び同第十号証からも明らかなように、六百五十万世帯、一千万人の会員を擁する巨大な組織としての宗教団体及び政治団体として、その活動は遂次高く評価され、安定した地歩を築きつつある。然もこの大勢力を以て、他の信仰集団との間に日日交されている激烈なる宗教信仰上の論争批判の現状を併せ考えると、以上に指摘した程度の記事内容に依つては、債権者等の布教、政治活動や宗教団体若しくは公党としての存立が脅かされ或は重大な影響を受けるような弱体な組織であるとは認められない。むしろこのような侵害を克服、消化することによつて、一層健全な発展を期待できる指導者と実力を備えた団体であるとの評価も可能であると考える。
以上の認定に従えば、民事訴訟法第七六〇条にいわゆる仮の地位を定める仮処分命令を以て、申請趣旨の如き事前抑制の措置をとるには、未だ同条に要求される「著シキ損害ヲ避ケ若シクハ急迫ナル強暴ヲ防ク為」の必要という要件が存在しないものであつて、民法第七二三条に定める手段により、債権者等の名誉、人格権に対する侵害に対し、司法的救済が可能であると判断する。よつて本件仮処分申請は、理由がないことに帰するから、これを却下することとし、申請費用につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 長井澄 中橋正夫 若林昌俊)